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【地域】漱石も常連だった明治4年創業の床屋さん「135年史」発刊―東京

1 :ボインでごめんなすって(060118)φ ★:2006/01/03(火) 09:46:58.11 ID:???

 髷(まげ)をやめさせる「断髪令」の出た1871年(明治4年)に創業した理髪店「喜多床(きたどこ)」
(渋谷区渋谷2)が、創業以来の歩みをまとめた小冊子「喜多床百三十五年史」を発行した。開業当
時の様子や、夏目漱石や徳田秋声ら常連客の興味深いエピソードも盛り込まれている。
 現在は「渋谷クロスタワー」(地上32階建て)の地下にある同店。赤レンガの内装が明治の雰囲気
を漂わせる。5代目の舩越(ふなこし)千代さん(41)と、4代目で父親の一哉さん(69)が、忙しくハサ
ミを動かす。

 「百三十五年史」は、千代さんの執筆。「理容の歴史はあまり知られていないし、お客さんにも楽し
んでもらえるものを目指した」と動機を話す。

 同店は、旧加賀藩前田邸(現在は文京区本郷の東京大学)の前で創業。初代店主の中邨(なかむ
ら)喜太郎は、前田侯の髪結い方で、同家お抱えのフランス人から理髪技術を学んだ。当時、西洋理
髪は文明開化の“最先端”で、2代目の舩越景輝は、日本初の理髪専門誌「美髪」発行や、業界団体
「大日本美髪会」創設など、理髪業発展にも尽力した。
 大学前という立地もあって、同店には多くの文化人が集った。漱石は「吾輩は猫である」の中で「吾
輩だって喜多床へ行って顔さえ剃ってもらやあ、そんなに人間と異った所はありゃあしない」と書き、
石川啄木が同店に下宿していたこともある。

 1920年(大正9年)には、丸の内の「日本倶楽部ビル」にも出店。実業家の渋沢栄一や、戦後首相
を務めた幣原喜重郎ら政財界人も通ってくるようになった。敗戦後、GHQの指令で、「床」の付く店名
が「封建時代を彷彿(ほうふつ)させる」との理由で使えなくなり「舩越理容室」を名乗ったが、75年に
現在の場所に店を構えたことを機に、「喜多床」の看板を復活させた。
 千代さんは「髪を切ってお金をもらうだけでなく、お客さんと心のつながりを持てる床屋さんでありた
い。小冊子がその一助になれば」と話している。

 「百三十五年史」は2000部発行。来店した希望者に無料で渡している。問い合わせは同店へ。
年始の営業は5日から。

◆URL 読売新聞2006年1月3日
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/tokyo23/news001.htm


2 :名前をあたえないでください:2006/01/03(火) 09:47:16.88 ID:qw+FTEGk
>>2ならこれは中共工作員である>>3の仕業!


3 :名前をあたえないでください:2006/01/03(火) 10:39:13.32 ID:MAUe5w9w
>>2はあちこちコピペして廻る、国賊也!

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