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【社会】旧満州国の中央銀、アヘン専売制へ資金 公文書館に資料[01/04]

1 :パンチラキング(060118)φ ★:2006/01/04(水) 06:10:09.53 ID:???
日本が戦前、中国東北部につくった旧満州国で実施されたアヘンの専売制度をめぐり、同国の中央銀行だった
「満州中央銀行」が、生産や販売に資金を提供するなど制度確立に重要な役割を果たしていたことが明らかに
なった。愛知県立大の倉橋正直教授(中国近現代史)が、中国・吉林省の公文書館にあたる「档案館
(とうあんかん)」が保存していた同銀行の内部文書を入手した。同国は建国当初からアヘンを歳入の柱の一つと
しており、背後にあった当時の日本のアヘン戦略の全体像を解明する手がかりになる可能性もある。

満州国のアヘン専売は建国された1932年度に始まった。今回見つかったのは、同銀行が保管していた33年度
(同国年号で大同2年度)の「阿片専売特別会計」の一部や、アヘンの原料となるケシの栽培農家に同銀行が
費用を貸し出していたことを示す36年(同康徳3年)の資料など計約260ページ。档案館には敗戦時に散逸を
免れた同銀行の内部文書が約5万点収蔵されており、その中に残されていた。

「阿片専売特別会計」は、アヘンの集荷や原料からの製品化を受け持つ専売公署と同銀行との資金のやりとりの
記録。首都の新京(現・吉林省長春市)にある公署以外に、国内に計10カ所あった専売支署が各地の同銀行
分行や支行と個別に資金を収受していた状況が記されている。

専売制度発足直後で軌道に乗っていなかったためか、「鴉片(アヘン)作業費 減額 六八四二九七六・一二」
などと、年度末に収入見込みの減額を赤い数字で記入した文書が多かった。一方で、「違法阿片」を押収して
その分を繰り入れたことによる収入増を「臨時密生産鴉片収納費 新規 三六八四五」と黒字で記して報告した
文書もあった。

各専売支署は地域ごとの販売権を政府指定の卸売人に独占させ、アヘンを流通させていた。35年7月30日付の
「阿片収売人並ニ卸売人ノ保証金利息支払ニ関スル件」とした専売公署の通知は、卸売人から預かった保証金の
利子を同銀行から各卸売人に支払うよう求めていた。

1912年のハーグアヘン条約などでアヘンの輸出は国際法違反とされていたが、日本は国内で生産したアヘンを、
アヘン戦争以降も多数の中毒患者のいた中国大陸に大量に流通させた。満州国でのアヘン専売は、同国を日本の
傀儡(かいらい)政権とみなした国際連盟から厳しい非難を浴びたが、制度自体は敗戦まで継続した。

■ソース(朝日新聞)
http://www.asahi.com/national/update/0104/OSK200601030009.html

2 :名前をあたえないでください:2006/01/04(水) 09:56:20.34 ID:RnABV5Ab
ようこそ、靖国神社遊就館へ!

遊学館 明治15年我が国最初で最古の軍事博物館

遊学館 明治15年我が国最初で最古の軍事博物館

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http://www.yasukuni.jp/%7Eyusyukan/index.html

日本のスミソニア博物館 最古の軍事博物館 近代思想だ 文明開化だ !!

the oldest military museum in my beginning in the country in 1882 changes the appearance at time.

3 :名前をあたえないでください:2006/01/04(水) 10:18:54.59 ID:ReRApX/T
つーか戦前はヒロポンとか合法で
日本国内でも薬局薬店で普通に売ってたワケだが

http://www.warbirds.jp/heiki/42000.htm
ちなみに「アサヒグラフ」昭和17年8月26日号に掲載されたヒロポンの広告
覚醒剤と堂々と書かれてるw

4 :名前をあたえないでください:2006/01/05(木) 05:29:22.81 ID:hrJ5C6Xb
287 名前:名無しさん@6周年 投稿日:2006/01/04(水) 14:38:27 ID:3OISpczI0
>>285
4.アヘン専売と吸飲免許■

 日清戦争後の下関の談判において、清国の全権李鴻章は、ア
ヘンには貴国もきっと手を焼きますぞ、と捨てぜりふを残して
いったそうな。当時16万9千人もいたアヘン中毒患者の問題
を日本がどう処理するか、世界各国も注目していた。

 わが国に伝播したらなんとする。吸引するものは厳罰に
処すべし。輸入や販売を行う者についても同様だ。従わな
いものは台湾から追い出せ。中国大陸に強制送還せよ。

 このような厳禁説がさかんに唱えられたが、後藤は、これで
は各地に反乱が起き、何千人の兵士や警官が犠牲になるかわか
らない、と反対して、漸禁説をとった。

 まず中毒にかかっているものだけに免許を与え、特許店舗で
のみ吸引を認める。新たな吸引者は絶対に認めない。アヘンは
政府の専売とし、その収入を台湾における各種衛生事業施設の
資金に充当する。

 アヘンを政府の専売とするという破天荒なアイデアであった
が、後藤の読み通り、大きな混乱もなしに、アヘン中毒患者は
次第に漸減して、日本敗戦時には皆無となっていた。

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